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名古屋高等裁判所 昭和42年(ネ)3号 判決 1969年2月28日

控訴人兼被控訴人(第一審債権者)

中井栄太

外一名

代理人

辻喜己衛

被控訴人兼控訴人(第一審債務者)

比自岐農業協同組合

外二名

代理人

吉住慶之助

主文

一、原判決中、津地方裁判所上野支部が昭和四一年六月二五日なした仮処分決定(昭和四一年(ヨ)第一〇号不動産処分禁止等仮処分申請事件、以下原仮処分決定という)につき、

(一)  第一審債務者鈴木寛司に対する第二項および第八項の仮処分を認可した部分は、これを取り消す。

(二)  第一項のうち、第一物件目録記載の(1)ないし(16)、(19)、(21)、(24)、第五物件目録記載の(1)、(3)ないし(5)、第六物件目録記載の(1)、(2)、第一〇物件目録記載の(1)ないし(4)、(6)ないし(8)の各物件に対する仮処分を認可した部分、

第三項のうち、第四物件目録記載の物件に対する仮処分を取り消し右取消部分に対する仮処分申請を却下した部分、

第四項のうち、第一、第五、第一〇各物件目録記載の前掲各該当物件および第七物件目録記載の(1)ないし(5)の各物件に対する仮処分を認可した部分、

第五項のうち、第六物件目録記載の前掲各該当物件および第八物件目録記載の(1)、(2)の各物件に対する仮処分を認可した部分、

第六項のうち、第一、第四、第五、第一〇各物件目録記載の前掲各該当物件に対する仮処分を認可した部分、

第七項のうち、第六物件目録記載の前掲各該当物件に対する仮処分を認可した部分、

第九項のうち、第四物件目録記載の物件に対する仮処分を取り消し右取消部分に対する仮処分申請を却下した部分(第三項に関する)、第一、第五、第七、第一〇各物件目録記載の前掲各該当物件に対する仮処分を認可した部分(第四項に関する)、第六、第八各物件目録記載の前掲各該当物件に対する仮処分を認可した部分(第五項に関する)、

第一〇項のうち、第一、第五、第六各物件目録記載の前掲各該当物件に対する仮処分を認可した部分は、

いずれもこれを取り消す。

二、原判決中、前項の取消部分を除くその余の部分のうち、

(一)  原仮処分決定第一項の仮処分を認可した部分を取り消す。

原仮処分決定第一項の右仮処分を取り消す。右取消部分に対する第一審債権者等の仮処分申請を却下する。

(二)  原仮処分決定第六項に関する部分をつぎのとおり変更する。

原仮処分決定第六項中、被申請人比自岐農業協同組合および同鈴木定信に対し、「第一物件目録記載の(17)、(18)、(20)、(22)、(23)、第二物件目録記載の(1)、(2)、第五物件目録記載の(2)、第九物件目録記載の(1)ないし(3)の各物件に立ち入ること」を禁止する部分はこれを認可し、その余の部分はこれを取り消す。右取消部分に対する第一審債権者中井栄太の仮処分申請を却下する。

(三)  原仮処分決定第七項に関する部分をつぎのとおり変更する。

原仮処分決定第七項中、被申請人比自岐農業協同組合および同鈴木定信に対し「第三物件目録記載の(1)、(2)、第六物件目録記載の(3)、(4)の各物件に立ち入ること」を禁止する部分はこれを認可し、その余の部分はこれを取り消す。右取消部分に対する第一審債権者中井栄一の仮処分申請を却下する。

(四)  原仮処分決定第九項に関する部分を取り消す。

原仮処分決定第九項の仮処分を取り消す。右取消部分に対する第一審債権者等の仮処分申請を却下する。

(五)  原仮処分決定第一〇項に関する部分を取り消す。

原仮処分決定第一〇項の仮処分を取り消す。右取消部分に対する第一審債権者等の仮処分申請を却下する。

三、原判決中、一、の取消部分を除くその余の部分のうち、

(一)  原仮処分決定第三項に関する部分に対する第一審債権者等の控訴を棄却する。

(二)  原仮処分決定第四項に関する部分に対する第一審債権者中井栄太の控訴を棄却する。

(三)  原仮処分決定第五項に関する部分に対する第一審債権者中井栄一の控訴を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じ、第一審債務者鈴木寛司との間に生じた部分については第一審債権者等の負担とし、その余はこれを五分し、その四を第一審債権者等、その一を第一審債務者比自岐農業協同組合および同鈴木定信の各負担とする。

事実<省略>

理由

職権をもつて按ずるに、

(一)  原仮処分決定につき、第一審債務者鈴木寛司が異議の申立をなしていないことは、本件記録に徴し明らかなところである。しかるに、原判決において同債務者に対する原仮処分決定第二項および第八項の当否を判断していることは不適法であるから、原判決中右各項に関する部分は、主文一、(一)のとおりこれを取り消すべきである。

(二)  さらに、仮処分決定に対し異議の申立がなされた場合、その審判の範囲は異議の申立の趣旨により制限を受け、仮処分裁判所は、その制限範囲内において裁判をなすべきことは、弁論主義の建前上言をまたずして明らかなところである。原判決において、別紙第一ないし第一〇物件目録記載の全物件にわたり原仮処分決定の当否につき判断がなされているが、右物件のうち、第一物件目録記載の(1)ないし(16)、(19)、(21)、(24)の各物件、第四物件目録記載の物件、第五物件目録記載の(1)、(3)ないし(5)各物件、第六物件目録記載の(1)、(2)の各物件、第七物件目録記載の(1)ないし(5)の各物件(全部)、第八物件目録記載の(1)、(2)の各物件(全部)第一〇物件目録記載の(1)ないし(4)、(6)ないし(8)の各物件(全部、但し(5)は欠)に関しては、第一債務者比自岐農業協同組合、同鈴木定信において異議の申立をなしていないことは本件記録に徴して明らかであるから、原判決中、右各物件に対する仮処分を認可しまたは取り消した部分は、これまた主文一、(二)のとおりこれを取り消すべきである。

二以下第一審債務者比自岐農業協同組合、同鈴木定信に対する第一審物件目録記載の(17)、(18)、(20)、(22)、(23)第二物件目録記載の(1)、(2)(全部)、第三物件目録記載の(1)、(2)(全部)、第五物件目録記載の(2)、第六物件目録記載の(3)、(4)、第九物件目録記載の(1)ないし(3)(全部)の各物件(いずれも異議申立にかかる物件、以下本件土地建物という。)に関する原仮処分決定の当否について判断する。

(一)  被保全権利の有無について。

<省略>

(二)  原仮処分決定第一項について。

<省略>

(三)  原仮処分決定第三項について。

原仮処分決定第三項のうち、異議申立にかかる第二物件目録記載の(1)、(2)(全部)、第三物件目録記載の(1)、(2)(全部)に関する「第一審債務者等の占有を解き、これらを第一審債権者等の委任する執行官に占有管理させることを命ずる。受任執行官は、第一審債権者等の申出があるときは、右土地のうち第二物件目録記載の(1)、(2)の土地を第一審債権者中井栄太に、第三物件目録記載の(1)、(2)の土地を第一審債権者中井栄太に、第三物件目録記載の(1)、(2)の土地を同中井栄一にそれぞれ耕作させることができる。」旨の、いわゆる断行の仮処分の適否について判断する。

(1)  第一審債務者等は、第三項の仮処分は、同債務者等の先になした立入禁止等の仮処分と牴触する旨主張するので、まずこの点につき検討する。

<証拠>によれば、第一審債務者比自岐農業協同組合および同鈴木定信は、仮処分申請人として昭和四一年五月津地方裁判所に対し第一審債権者中井栄太を被申請人として、前記物件に対する占有権ないし所有権を被保全権利として、土地、建物立入等禁止の仮処分申請をなし、同月一二日同裁判所より「被申請人は、本件土地・建物に立入り、開墾、耕作その他使用をしてはならない」旨の仮処分決定(以下第一次仮処分決定という)の発令を得、これが送達により右仮処分の執行を了したことを認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる疏明資料はない。

そこで、第一審債権者中井栄太に対する第一次仮処分と原仮処分決定(第二次仮処分決定)との牴触の有無を検討するに、一般に、仮処分決定ないしその執行に対する仮処分債務者の不服申立方法については、民訴法において特に仮処分異議の申立、事情変更による取消申立、特別事情による取消申立等の方法が定められており、これら法定の不服申立方法によらずして、仮処分債務者が右仮処分と牴触する第二次の仮処分を申請し、これを執行することによつて第一次の仮処分の効力を奪うことは許されないものと解すべきである(昭和三年五月一二日大審院決定、民集七巻三五〇頁、昭和四三年七月一一日最高裁判所第一小法廷判決参照)。

ところで、本件においては、前記認定のごとく、第一審債務者(第一次仮処分申請人)たる比自岐農業協同組合および鈴木定信は、訴外学校法人愛農学園に対し第一次仮処分の目的物件たる本件土地・建物を譲渡し、その所有権移転登記手続を経由したので、第一次仮処分債権者としての適格の変動の有無が問題とされるところである。けだし、右比自岐農業協同組合および鈴木定信の第一次仮処分債権者としての適格が右仮処分の目的物件の譲渡により失われるとすれば、第一審債権者(第一次仮処分被申請人)たる中井栄太と第一審債務者(第一次仮処分申請人)たる比自岐農業協同組合および同鈴木定信との間においては、第一次仮処分と原仮処分(第二次仮処分)との牴触の問題を生ずる余地がないからである。そこで、まず、第一審債務者(第一次仮処分申請人)の本件土地・建物の譲渡により第一次仮処分債権者としての適格にいかなる影響を及ぼすかにつき考察するに、独乙民訴法における当事者恒定主義を採用していない我が民訴法の建前からすれば、仮処分の目的物件につき当該仮処分債権者からその所有権を取得し、または抵当権、賃借権等の設定を受けた特定承継人は、右実体上の権利の設定、変動に伴い当該仮処分債権者としての適格をも承継取得するものと解するのが相当である(この場合、事は仮処分訴訟手続に関する面の問題であるから、承継執行文の要否は問うところではない)しかして、抵当権、賃借権等の設定等の場合においては目的物件の所有権を維持する限り右仮処分債権者としての適格を失わないが、所有権譲渡の場合においてはこれを失うものとする有力な見解が存するが、当裁判所は、右目的物件の所有権の譲渡(交替的承継)たると、抵当権、賃借権等の設定等(併加的承継)たるとを問わず右仮処分の当初の債権者はこれにより仮処分債権者としての適格を失わないものと解する。すなわち、仮処分決定が発令されれば、被申請人において何時にても仮処分異議の申立をなし得、これにより判決手続に移行するものである以上、右仮処分の訴訟手続は右決定の発令をもつて直ちに終了するものではなく、仮処分当事者間においては潜在的な訴訟状態が継続しているものとみられるのであつて、仮処分発令後生じた特定承継人については民訴法七三条の参加承継、または七四条の引受承継の手続に準じて処理されるべきものと解すべきである。そして民訴法による参加承継、または引受承継においては当初の訴訟当事者(被承継人)は目的物件の譲渡により当然には当該訴訟から離脱する効果を受けるものではなく、同法七二条による脱退の手続による以外は、新当事者たる特定承継人と共同訴訟人となるものとする民訴法の建前のもとでは、仮処分についてもその目的物件の譲渡により仮処分当事者としての適格が移転するが、当初の仮処分当事者(被承継人)としての適格がそのことにより当然には失われないものと解するのが相当である。本件についていえば、第一審債務者(第一次仮処分申請人)比自岐農業協同組合および同鈴木定信が第一次仮処分の目的物件たる本件土地・建物を訴外学校法人愛農学園に譲渡した後も、右の理により第一次仮処分債権者としての適格を失わないのみならず、後掲二、(五)に説示するとおり、右譲渡後も右愛農学園の承諾のもとに、本件土地・建物の占有権(第一次仮処分の被保全権利)を従前に引きつづき保持しているものであるから、この点からするも第一次仮処分債権者としての適格を保有するものと解すべきである以上、第一審債権者(第一次仮処分被申請人)中井栄太との間における第一次仮処分と原仮処分(第二次)との牴触の有無を検討しなければならないしだいである。

本件においては、第一次仮処分決定は、前記のごとく本件土地・建物に対する立入等を禁止する旨の不作為を命ずる仮処分であるのに対し、原仮処分決定(第二次)第三項は、第一審債務者等(第一次仮処分申請人)の第二物件目録記載の(1)、(2)の物件に対する占有を解き、執行官にこれを占有管理せしめ、執行官は第一審債権者中井栄太(第一次仮処分被申請人)の申出によりこれを耕作せしめることができる旨を命ずるものであつて、第一審債務者等(第一次仮処分申請人)をして第一審債権者中井栄太(第一次仮処分被申請人)の右土地の耕作を認容・甘受せしめることに帰し、結局原仮処分決定(第二次)第三項の執行により第一次仮処分決定による不作為義務を除却し、これが効力を失わしめることになることは明らかである。かかる仮処分は、前説示のとおり許されないところであるから、これを取り消し、第一審債権者中井栄太の第二物件目録記載の(1)、(2)の物件に対する右仮処分申請を却下すべきである。

なお、第一審債権者等は、「同債権者中井栄太において、第一次仮処分決定送達以前より第二物件目録記載の(1)、(2)の物件を所有し、これが占有を継続してきたものであるから、第次仮処分決定の内容の実現は不可能に帰し、原仮処分(第二次)申請当時においては、第一次仮処分決定は執行不能のままその効力を喪失し、原仮処分決定(第二次)との牴触の問題を生ずる余地がない」旨を主張するが、たとえ第一審債権者中井栄太が右物件の占有中に、第一次仮処分決定が発令されたとしても、この一事をもつて直ちに第一次仮処分が執行不能に陥り無効に帰すると解すべき根拠はないから、これを前提とする第一審債権者等の右主張は採用の限りではない。

(2)  つぎに、第一審債権者中井栄一の第一審債務者比自岐農業協同組合および同鈴木定信に対する原仮処分決定第三項の当否について検討する。<省略>

(四)  原仮処分決定第四、第五項について

原仮処分決定第四項は第一審債権者中井栄太の、第一物件目録記載の(17)、(18)、(20)、(22)、(23)、第五物件目録記載の(2)、第九物件目録記載の(1)ないし(3)(全部)の各物件に対する占有、第五項は第一審債権者中井栄一の第六物件目録記載の(3)、(4)の各物件に対する占有を解き、これを同債権者等の委任する執行官に占有保管させることを命じ、あわせて執行官は同債権者等の申出により同債権者等が使用することができる趣旨の仮処分であり、これが適否については、その実際上の必要性から出て右仮処分を適法なりとする見解もないではないが、当裁判所は、かかる仮処分申請を許すべからざるものと解する。けだし、本件においては第一審債権者等が本件仮処分の目的物件に対する所有権または占有権を主張し、これが侵害の虞れありとして右のごとき趣旨の仮処分を求めるものであることは、その主張に徴し明らかなところであるが、所有権者、占有権者のいずれにせよ、当該権利者において当該目的物件を自己の掌裡に収めこれを保有している状態がその権利の円満完全の実現行使というべく、もしこの権利の実現行使に対する侵害の虞れがあるならば、まずその妨害の危険排除を命ずる仮処分を求めるべきであり、これを措いて権利の目的物件を執行官に奪わしめてその保管に付し、自らは受任執行官の許可を得て当該物件の使用収益をなすという手段により自己の権利を国家機関の具体的現実的庇護のもとにおいて享有するというがごときことは、本案判決により求め得られるべき以上のものを、暫定的にもせよ仮処分による権利保全の名のもとに実現することに帰着し、かかる仮処分申請は、保全処分制度を定めた法の予定するところではなく、これを許すべからざるものと解すべきであるからである。よつて、原仮処分決定第四項、第五項はこれを取り消し、第一審債権者等の右仮処分申請を却下すべきである。<以下省略>

(伊藤淳吉 井口源一郎 土田勇)

別紙・第一―一〇物件目録<省略>

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